ボリビア;激動の近現代史と社会変革のゆくえ
発題:福田大治(チャランゴ奏者・ラテンアメリカ研究家)




1.	ボリビア近現代史の時期区分(革命以降)

@	ボリビア革命期(1952年〜1964年)

・ビクトル・パス・エステンソロ政権(MNR;民族主義革命運動党)による民族民主革命、「封建制から資本主義への移行」(a)鉱山の国有化、b)農地改革、c)普通選挙法)。

・「インディオ」は公文書から消え、カンペシーノ(農民)へ転化。
→先住民大衆の権利向上・「国民国家」「市民社会」への取り込み(包摂)。


A長期軍政期(1964年〜1982年)

・64年、レネ・バリエントスによる軍事クーデターと「軍農協定」、ボリビア革命の実質的終焉。

・67年、エルネスト・チェ・ゲバラの射殺。

・70〜71年、ファン・ホセ・トーレス左派軍事革新政権。米系資本であった鉱山施設などを国有化する一方でソ連との術協力を開始。

・71〜78年、ウーゴ・バンセル大統領による長期独裁、国内における社会運動(鉱山・農業および都市セクター)の徹底的弾圧と海外における「コンドル作戦(PLAN CONDOR)」。

・78〜82年、民主化運動の高揚と軍事クーデターの連続。

・80年(ガルシア・メサ政権期前後)、左派系政治家・社会運動家の相次ぐ暗殺。

B民政移管直後の混乱期(1982年〜1985年)

・82年、民政移管。シレス・スアソ大統領率いるUDP(民主人民連合)による統治、24.000%のハイパーインフレ、対外不均衡。


C新自由主義的「安定化」政策期(1985年〜2005年)

・85年、ビクトル・パス・エステンソロ大統領の「返り咲き」、自らがボリビア革命で遂行した民族主義的政策を180度転換した「新自由主義」に基づく「新経済政策(NPE)」を発表(法的根拠は大統領令21060号)。

→国内通貨(ペソ)切り下げと金利自由化、為替自由化、公務員の賃金凍結・解雇、鉱山公社の「合理化」など。ハイパーインフレは収斂したものの、国内格差は拡大。

・93年からのサンチェス・デ・ロサダ大統領期には、MNRとMRTKL(トゥパック・カタリ革命解放運動党)の連立与党による統治(新自由主義と先住民主義の「奇妙な連立」)。地方分権化、大衆参加、教育改革、「資本化」などを集約した「PLAN PARA TODOS」。

・97年、旧独裁者バンセルによる新政権はイメージ払拭のためにも民主的プロセスを強調。他方、米国との関係を重視、米軍事顧問の指導下による「コカ・ゼロ」政策によりコカ生産者と政府との対立が顕在化。

・2000年の「水資源をめぐる戦争」、第2次サンチェス・デ・ロサダ政権下での03年(2月)の「暗黒の水曜日」(増税案に対する警察の反乱と国軍による鎮圧事件)、同年(10月)の「天然ガス輸出をめぐる戦争」を経て、サンチェス大統領は辞任・国外逃亡。

・05年、サンチェス・デ・ロサダの後任カルロス・メサ大統領はエル・アルト
での「天然ガス国有化要求運動」の中、軍事的鎮圧を拒否し辞任、ロドリゲス最高裁長官による暫定政権の発足。



D反新自由主義的変革期(2006年〜現在)

・05年(12月)の大統領選挙で、ボリビア史上初の過半数である53.7%の得票を得て、06年(1月)、エボ・モラレス・アイマ政権発足。副大統領にはかつて先住民派ゲリラ参加経験もある白人系社会学者アルバロ・ガルシア・リネーラを任命、閣僚ポストには先住民系社会運動家や反新自由主義的・マルクス主義的エコノミストや社会学者などを積極的に起用。

・開発企画省(カルロス・ビリェガス大臣)は直ちに国家開発プランを発表。「VIVIR BIEN(よりよい暮らしの希求)」を主軸とする新しい国家プラン(思想・哲学から社会経済政策・外交など細部に及ぶ)による「社会変革プロセス」の開始。

“VIVIR BIEN”の4つの主軸;
a)	尊厳を有するボリビア、b) 主権を有するボリビア、
b)	生産的であるボリビア、d) 民主的であるボリビア。
→「植民地主義的な新自由主義との訣別」と「他民族主義および共同体的価値観に基づく新しい国家の形成」。

・06年(5月)、天然ガス国有化、運営は石油公社(YPFB)が一括。課税は18%から50%に増大、政府収入の増加。

・外交的にはベネズエラ、キューバに急接近、06年早々にこれら2国と「米州ボリバル代替構想(ALBA)」を発足。キューバ医療者・識字教育関係者が多数ボリビアに派遣。ベネズエラは石油開発などエネルギー分野での技術協力を開始。

・07年(12月)、東部支配層のサボタージュなどを背景に、前年から「憲法制定議会」で練られていた「新憲法草案」が野党の承認を得ずに承認され(野党は後の08年10月に国民投票に合意)、「東西対立」が激化。

・08年(8月)、大統領信任投票の実施、67%の得票率で続投決定。

・09年(1月)、「新憲法草案」をめぐる国民投票で、同草案は61%の得票率をもって信任され、同年2月に公布。「先住民の権利確保」、「国家の役割増大」などが記され、国名は「ボリビア多民族国」に改称。
2.社会変革をめぐるボリビア国民の声

(2つのボリビア)
A; !Ustedes tienen que colaborar al maestro, pues!
B: !Chola de mierda, ustedes estan perjudicando el pais!
A: !Malcriada, carajo!
(「あんたたち、(タクシー値上げに)ちゃんと協力しなさいよ!」、「この糞チョーラめ、あんたらが国を陥れているんでしょ!」「なんてこと言うの、この糞娘が!」−ラパス市内・タクシー乗客同士であった上流階級女性と庶民階級女性との喧嘩、2005年。)

(旧エリートの焦り)
“Daijito, este triunfo es un desafio grande para nosotros los “blancos”, ya ni modo....”
(「ダイジート、今回の勝利はわれわれ“白人”にたいする重大な挑戦だ、もはやどうしようもない。」−都内・ボリビア大使館、離任直前のダブドゥブ駐日大使より、2005年。)

(「変革」にたいする歓喜)
“Primera vez en la historia de Bolivia, toditos estan queriendo ayudar de alguna manera para el gobierno, sin ningun interes.”
(「ボリビア史上初めて、それこそみんながこの新政権にこぞって協力しようとしている、しかも何の見返りを期待するわけでもなく。」−ラパス中産階級市民より、2006年。)

(人種差別問題)
“RACISMO ES UN PRODUCTO DE IGNORANCIA.”
(人種差別は無知の産物である−政府作成の看板、2006年〜。)

“CLAUSURADO POR RACISMO”
(人種差別的処遇により営業停止−ラパス市内の某居酒屋に市が貼付した告知、2006年。)

“○○さん(日本人)、もうこんなのは本当にこれっ限りにして下さいよ!!”
(ラパス市内の某高級日本料理店にて店主の日系人女性より。長年の顧客○○氏が友人の先住民系家族を食事に招待した際に発された言葉、2006年。)

(「変革」にたいする失望)
“Pensabamos que era buenito, pero ahora sabemos que es mas terrible ver a un “ex-pobre inocente con poder”.
(「以前は奴は善人だとみんな思い込んでいた、でも今を見ろよ、清い貧乏人が権力を持つほど恐ろしいことはないって。」−ラパス中〜上流階級市民より、2013年。)

(「エボ派」中産階級の見方)
“Existen muchas criticas “anti-Masistas”, pues Evo no ha hecho nada hasta ahora para la clase media, pero si, ha apoyado muchisimo a la gente pobre y yo lo admiro eso, porque a ellos indigenas nunca favorecieron antes.” 
(「MASにたいする批判なんて山ほどあるさ、だってエボは中産階級に利するようなことは何もしていないから。でも貧困層にはとっても手厚い政策を行っているよ。素晴らしいことだと思う、だって先住民の彼らはかつて一度も恩恵を受けたことはなかったのだから。」−ラパス中産階級市民より、2013年。)

“Los taxistas, cuando te ven la cara de clase media o extranjera, capaz de decir mal del Evo, pero eso no es cierto.”
(「タクシーの運転手は君の顔を見て中産階級または外人だと分かると、エボのことを色々悪く言うに決まってるよ。でもそれは彼らのホンネじゃない。」−ラパス中産階級市民より。)


(参考統計) 

1.実質経済成長率(GDP)の推移(単位%、2013年は推計値);

(2001)  (2002)  (2003)  (2004)  (2005)  (2006)  (2007)  
1.68    2.49    2.71    4.17    4.42    4.80   4.56
(2008)  (2009)  (2010)  (2011)  (2012)  (2013)
 6.15    3.36    4.13    5.17   5.24    4.80
(出所;IMF-World Economic Outlook Databases, 2013.)

2.失業率の推移(単位%、2013年は推計値);

(2001)  (2002)  (2003)  (2004)  (2005)  (2006)  (2007)  
8.50    8.69    8.71    9.29    8.15    7.99   7.67
(2008)  (2009)  (2010)  (2011)  (2012)  (2013)
 6.90    7.00    6.00    5.50   5.44    5.38
(出所;IMF-World Economic Outlook Databases, 2013.)


3.貧困率の推移(単位%);

(2002)   (2009)
(貧困人口)   62.4     54.0
(極貧人口)   37.1     31.2
(出所;国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(CEPAL))



(参考文献−出版年順)

・Rivera Cusicanqui, Silvia, OPRIMIDOS PERO NO VENCIDOS, UNRISD, La Paz, 1986. (吉田栄人訳『トゥパック・カタリ運動−ボリビア先住民族の闘いの記憶と実践(1900年〜1980年)』、御茶の水書房、1998年。)

・福田大治「ラテンアメリカ(主としてアンデス地域およびメキシコ)における先住民問題−“インディヘニスモ”思想・運動・政策の展開−」、上智大学国際関係研究所『国際学論集No.36』所収、1995年。

・Republica de Bolivia, ESTRATEGIA BOLIVIANA DE REDUCCION DE LA POBREZA, Dialogo 2000, La Paz, 2001.

・Republica de Bolivia - Ministerio de Planificacion del Desarrollo, PLAN NACIONAL DE DESARROLLO, La Paz, 2007.

・Alvaro Garcia Linera, LAS TENSIONES CREATIVAS DE LA REVOLUCION, La quinta fase del Proceso de Cambio, Vicepresidencia del Estado Plurinacional, La Paz, 2010.

・遅野井茂雄「ボリビア・モラレス政権の『民主的革命』−先住民、社会運動、民族主義−」、遅野井茂雄・宇佐美耕一編著『21世紀ラテンアメリカの左派政権−虚像と実像』所収、JETROアジア経済研究所、2008年。

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